魅力的な英文要旨をめざして

魅力的な英文要旨をめざして

 学術論文におけるタイトルと要旨は、その論文の内容を伝える一番重要な部分であることは言うまでもありません。PubMedなどでは公開されている書誌情報の中で、論文の内容に関する情報はタイトルと要旨のみです。そこで、発表した論文を多くの方に読んでもらうためには、タイトルと要旨を、明確でかつわかりやすく記述することが大切になります。
 Biophysics and Physicobiology編集委員会では、掲載される論文ができるだけ多くの方々に読んでもらえるように、open accessをはじめとするさまざまなことを実行してきました。その活動の一環として、ここではあらたに、英語要旨をより読みやすくするためにはどのようにすればよいのかを、サイエンスライターの協力を得て、具体例にもとづき展開します。

1. Functional expression of a two-transmembrane HtrII protein using cell-free synthesisの要旨をリライトする。

著者の承諾をえて、Functional expression of a two-transmembrane HtrII protein using cell-free synthesis (BIOPHYSICS, 7: 51-58 (2011))の要旨(上記)を、分野外の方にもおもしろいと思ってもらえるように、サイエンスライターの協力を得て、以下のように書き換えました。

 この論文の実験内容は比較的分かりやすいものでしたので、その詳細は省き、代わりに研究の背景を冒頭で詳しく説明しました。その中で、膜タンパク質が生体内で非常に重要な役割を担っており、魅力的な研究対象であるにも関わらず、使い勝手のよいcell-free synthesisでは組み換えタンパク質を大量に得ることができないという問題点を明確にしています。それによりこの論文の目的や意義がより分かりやすくなることが期待されます。実験の方法については元の要旨をほぼ踏襲しています。結果には、活性型の膜タンパク質を無細胞系で調製できたことのみを示し、本論文の成果を強調しました。一方、タグの分子量と結合活性の相関から、この論文で構築した系が他の様々な膜タンパク質にも応用できる可能性を示した点については、今後の展望として最後に記載し、本論文の成果の一つとしてアピールしました。

2. Increase in cyclic AMP concentration in a cerebral giant interneuron mimics part of a memory trace for conditioned taste aversion of the pond snailの要旨をリライトする。

著者の承諾をえて、Increase in cyclic AMP concentration in a cerebral giant interneuron mimics part of a memory trace for conditioned taste aversion of the pond snail (BIOPHYSICS, 9: 161-166 (2013))の要旨(上記)を、分野外の方にもおもしろいと思ってもらえるように、サイエンスライターの協力を得て、以下のように書き換えました。

 この論文の内容は専門性が高く、分野外の方にはなじみの薄い用語も多数出てきています。そこで、多くの研究者にとって読みやすい要旨とするため、研究のバックグラウンドよりもこの論文で行った研究内容を先に記載することにしました。また、味覚嫌悪学習が長期記憶として保持される過程の説明はできるだけ簡潔にし、この論文の研究内容により多くの文字数を割いています。その中で、元の要旨には記載がなかったcAMPに注目した理由や著者らがこれまでに得ている研究成果を追加しました。これらを記載することによって、この研究の独創性や新規性を読者にアピールすることが可能となっています。実験の方法や結果については元の要旨をほぼ踏襲しつつ、より分かりやすい英語に改善しました。
 このリライトに対しては、著者から次のコメントをいただきました。「リライトにより、確かに大変読みやくなっており、素晴らしいと思います。しかし、違和感も感じるところがあります。大学院・ポスドク時代を通して、メンターから習ってきたことは、アブストラクトには「結果を多く書け」ということでした。バックグランドを丁寧に長く書けば、確かに当該の専門以外の方にとって読みやくなるのは事実ですが、アブストラクトはこの論文において何がわかったのか、「結果」をアピールするところだと思っています。したがって、今回のリライトは、なんとも居心地の悪さも感じる次第です。」
 アブストラクトをどのように書くかは、各研究者によって異なる方針があることは,当然のことだと思います。ここにあげたリライトは、分野外の方にもアピールした結果であり、アブストラクトの書き方のひとつの例と理解していただけると幸いです。

3. Mapping of the local environmental changes in proteins by cysteine scanningの要旨をリライトする。

著者の承諾をえて、Mapping of the local environmental changes in proteins by cysteine scanning (BIOPHYSICS, 10:1-7 (2014))の要旨(上記)を、分野外の方にもおもしろいと思ってもらえるように、サイエンスライターの協力を得て、以下のように書き換えました。

 この論文は、タンパク質分子の内部構造を解析するという比較的分かりやすい目的をもった論文ですので、導入部分はできるだけ簡潔にしました。そして従来の技術の問題点を指摘し、それを克服する方法を開発したという流れにし、読者がこの論文の主旨を理解しやすいように工夫しています。また、タイトルに入っている”cysteine scanning”は、この論文の鍵となる言葉だと思いますので、はじめに記述し読者に印象づけることを狙っています。研究内容については元の要旨をほぼ踏襲し、読みやすい英語にしました。この論文は、結果そのものよりも、新しい方法の提案および検証が重要だと思いますので、結果はなるべく簡潔に示し、方法の妥当性が示されたということを強調しました。最後の一文でその応用性について述べ、光受容体タンパク質で実証したが、他のタンパク質にも応用可能であることを、FTIRの新たな手法も入れて示しています。


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