会長挨拶

「共に創る新しい時代の新しい学会のかたち」

 生物物理学会は、1960年に設立され2021年で61年目を迎えます。本学会は、この半世紀以上にわたり、日本の生物物理分野における学術交流のプラットフォームとして中心的な役割を果たしてきました。本学会は発足当初より国際交流を重視しており、国際純粋応用生物物理学連合(International Union of Pure and Applied Biophysics, IUPAB)の会長および理事を多く輩出しています。アジア圏においても、本学会のメンバーによりアジア生物物理学連合(Asian Biophysics Association, ABA)が設立され、アジアにおける生物物理学の振興にも大きく貢献をしています。その結果、本学会が毎年開催する年会にはアジア圏を含め多くの国から海外研究者が参加しています。2024年には、本学会とIUPABが共同でIUPAB大会(IUPAB International Biophysics Congress, IBC)を京都で開催することになっており、本学会の生物物理学研究のプラットフォームとしての役割はさらに重要度を増します。
 しかし、本学会は現在大きな環境変化にさらされています。いうまでもなく、新型コロナによるパンデミックです。他の学術会議と同様に、本学会の年会は2020年度および2021年度はオンライン開催となりました。これまで当たり前と思っていた年会の風景、例えばシンポジウムでの活発な議論、熱気あふれるポスターセッション、参加者が一同に介する懇親会、深夜まで続く会食などが、突然にして失われてしまいました。幸いにも、年会実行委員の大変な努力と工夫によって、オンライン年会においても学術交流や情報交換の場をひきつづき提供することができています。それでも、これまでと全く同じ環境を提供することは原理的にできません。
 このパンデミックによって社会変化の一部は大きく加速します。学術研究においても、様々な場面でリモート化が定着することは確実でしょう。学会の運営においては、理事会は既に完全なオンライン開催となっており、移動を必要としない効率的な運営が定着しています。学術交流においても、会議のオンライン化は空間的な制約を大幅に軽減し、例えば海外からも気軽に参加できるシンポジウム開催を可能とします。さらに、録画された講演の動画情報にアクセスできる環境が整備されれば、原理的には時間的制約さえ大幅に軽減することも可能です。そのため、効率的な学術交流をめざすオンライン会議と、緊密な交流や一体感のあるオンサイト会議の棲み分けが加速すると思われます。もちろん、このような新制度には検討するべき課題が多数あり慎重に議論する必要がありますが、ここで述べたいのは現在我々が直面している変化は不可逆であり、我々はこの環境変化にしなやかに適応する必要があるということです。
 私は、理事メンバーともにこれからの学術交流のあり方を検討します。現在のパンデミックがもたらしている環境を、新しい制度・システムを導入するきっかけと捉え、これからの学術交流の在り方や仕組みを考えたいと思います。その一つの芽は、原田慶恵前会長時代に蒔かれています。生物物理学における分野ごとのボトムアップ的交流を推進するためのサブグループ制度が始まり、既にオンライン交流が始まりました。こうした新しい取り組みを育みつつ、ウィズコロナ時代にふさわしい学術交流のプラットフォームのグランドデザインを模索します。
 一方で、このように新しい施策や制度を導入する時には、組織の軸となるアイデンティティを振り返る必要があります。生物物理学会の発足の理念が「物理と化学の言葉で生命を記述し理解すること」は言うまでもありません。加えて、私の考える本学会の良さは、年齢や肩書を超えて互いに尊重し合う風通しの良い雰囲気、他分野からの参入や異なる考え方をおおらかに受け入れる文化、そして互いの成果をおもしろがって議論を楽しむ姿勢にあると思います。これからの新制度を考えるにあたっては、この「生物物理学会らしさ」を継承・発展させることを念頭に進めたいと思います。そのために、会員と広く意見を交換する必要があります。学会とは与えられるものではなく、自分たちで作る組織です。良くも悪くも各メンバーの思想と努力によるものです。新しい時代における新しい学会を形作るために、会員の皆様にも学会活動への積極的な参加とご協力をお願いしたいと思います。

2021年6月19日
野地博行
一般社団法人日本生物物理学会 会長
東京大学 工学系研究科 教授


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