生物物理との出会い
黒田 裕
De novoペプチドナノポアの設計と精密1分子検出
清水 啓佑,宇佐美 将誉,溝口 郁朗,藤田 祥子,川野 竜司
近年ナノポア計測技術の進展はめざましく,DNAナノポアシーケンサが実用化された.原理的には,この方法でタンパク質のアミノ酸シーケンスも可能であるため,ポリアミノ酸鎖の検出に最適なナノポアが探索されている.我々は最近,アミノ酸配列を人工設計したペプチドにより脂質膜中でβバレルナノポアを構築しポリアミノ酸鎖の検出に成功した.本稿では,その詳細について紹介したい.
大腸菌の走化性における情報利用効率
神野 圭太
生物は感覚情報を利用して行動上の意思決定を行う.情報という抽象的な量と,実際の生物の行動のパフォーマンスにはどのような関係があるのだろうか.筆者らは最近,大腸菌の走化性行動をモデル系として,細胞が環境から獲得する情報量と行動のパフォーマンスの関係を解析した.主要な結果をここで平易に解説する.
細胞核サイズの「黄金比率」とその制御機構
原 裕貴
真核細胞は細胞環境に応答し,ゲノムを内包する細胞核(核)のサイズを変化させる.では細胞は,どのように環境を感知し,核のサイズとその機能を調節しているのだろうか?本稿では,核内外の物理的環境に応答した核サイズ変化の特徴とその背後の制御機構や生理学的機能について,最新の研究成果を交えて紹介する.
ミオシンの光操作で明らかになった細胞質分裂における両極アクトミオシンの寄与
山本 啓,近藤 洋平
光遺伝学は,高い時空間分解能で細胞機能を操作できる点で有用である.最近では,アクトミオシン収縮力の光操作を通じた細胞や組織のメカニクスの理解が盛んに試みられている.本稿では,我々が開発したアクトミオシン収縮力を弱める光遺伝学技術と,細胞質分裂中の表層張力の寄与の解明に向けた応用例を紹介する.
ファロイジンで染色されない核内アクチンフィラメント
長崎 晃,上田 太郎
アクチンは細胞骨格の構成因子として一般的に認識されているが,近年,核内での役割についても注目されている.しかし,その機能解析に必要な核内アクチン線維の可視技術については未だ課題が残っている.そこで本稿では核内アクチン研究の経緯と私たちが偶然発見した新しいタイプの核内アクチン線維について解説したい.
メンブレン型微小流体デバイスで見る,飢えゆく細菌の細胞サイズ分布法則
竹内 一将,嶋屋 拓朗
細胞は,たとえ種類が同じでも,大きさはまちまちだ.そこに隠れた法則はあるだろうか.我々は,培養条件を均一に保ちつつ切替可能なデバイスを開発し,細菌細胞集団の飢餓過程を観察したところ,時間変化する細胞サイズ分布にスケール不変性という特徴を見出した.モデルによる再現,不変性の破れ,展望についても論じる.
速いアメーバは硬い基質が嫌い!
沖村 千夏,岩楯 好昭
移動細胞は,線維芽細胞など遅い細胞と好中球など速い細胞に大別される.遅い細胞が基質の硬さを感知し硬い方向に移動する一方,速い細胞の硬さ感知能は未知だった.筆者らは,速い細胞種の細胞性粘菌アメーバや好中球様HL-60細胞が硬い方向を嫌い,柔らかい方向に進むことを発見した.
筋小胞体カルシウムポンプにおける構造変化と自由エネルギー解析
小林 千草,松永 康佑
筋小胞体カルシウムイオンポンプは代表的なP型ATPaseであり,ATP加水分解のエネルギーを用い輸送を担う.著者らは分子動力学法計算を基にした反応経路解析によりカルシウムイオンポンプによる輸送の分子論的なメカニズムを提唱した.膜タンパク質の構造変化とカルシウムイオン輸送の関係について述べる.
細胞サイズのミクロな膜閉じ込めによる相分離と分子拡散の制御
渡邊 千穂
細胞を「生体高分子で混雑した細胞質を脂質膜によりミクロな空間に閉じ込めた構造」と近似的に捉え,この条件を模倣できる高分子液滴を用いて,液滴内部での相分離と分子拡散の閉じ込めサイズ依存性を測定,サイズ依存的なふるまいに対する膜表面積・体積比(S/V)および膜表面物性の効果について考察した.
RRFとtRNAによるリボソームリサイクリングに関する構造的洞察
丹澤 豪人
細菌のリボソームは,2つの保存されたタンパク質RRFとEF-Gの協働によりサブユニットにリサイクルされるが,分子基盤は未だ不明である.本稿では,EF-G,RRF,2つのtRNAが結合した70Sリボソーム複合体のX線結晶構造をもとに,リサイクルにおけるtRNAとRRFの積極的な役割を紹介する.