一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

DNAコンピューティング

「生体分子システムの秘めた計算能力を解明し、分子ロボットや人工細胞へ応用する」

■背景
あまり意識したことがないと思いますが、生命システムは常に計算をしています。たとえば、細胞は外界の状況を光や音や化学物質の情報として感知し、その情報を基にして次にすべき動作を判断しています。また、細胞の中では、ゲノムDNAに書かれた情報がRNAに転写され、さらにタンパク質に翻訳されることで、タンパク質が細胞の機能を制御したり、ゲノムDNAからのRNAの転写を制御したりしてします。つまり分子反応の緻密な情報ネットワークによって細胞の複雑な働きが実現されています。これらは全て、ある種の計算とみなすことができるのです。
このような生命システムが実現している生体分子反応を計算とみなし、生体分子反応の計算能力を開拓し、分子をプログラミングする方法を探求する研究分野を「分子コンピューティング」と言います(文献1)。DNAコンピューティングは分子コンピューティングの一つの分野です。



図1 相分離液滴を利用したDNAコンピュータ。がんマーカーの4種類のマイクロRNA(miRNA)のパターンを判定し、がんの可能性を診断できます。



図2 がんマーカーの4種類のmiRNAが(1,1,1,0)(つまり、(有、有、有、無))のパターンの場合のみDNA液滴が3色のDNA液滴に分裂することにより、がんの可能性を教えてくれます。

■研究概要
ここでは、DNA液滴と呼ばれる新しい物性を持つDNAの「液滴」を利用したDNAコンピューティングの一例を紹介します(図1、文献2・3)。

タンパク質、DNA、RNAなどの生体高分子は、細胞内において液-液相分離という現象によって集合体(液滴)をつくることが知られています。近年、これらの液滴が細胞内の小器官(オルガネラ)などの形成、環境センサーとしての役割、細胞ストレスへの応答などに寄与することが明らかになり、生命科学分野で大きな注目を集めています。本研究では特にDNAがつくる液-液相分離液滴(DNA液滴)に着目し、DNA液滴が持つ計算能力について検討してみました(図1)。

DNAは、生命の遺伝情報を担う物質として知られ、ワトソン・クリック塩基対形成によって、二重らせん構造を形成します。近年は、DNAの塩基配列を設計することで、単純な二重らせん構造だけでなく、様々な二次元的・三次元的な構造に自己集合することもできます。これらの特徴を利用し、三つの一本鎖DNA分子が会合して「Y」字型の構造をとった分子(Yモチーフ)を作ると、Yモチーフが水中で液滴をつくることを発見しました。

この研究では、DNAの塩基配列を工夫することで、生体分子を認識する機能(バイオセンシング機能という)に加えて、コンピュータのような論理演算機能をDNA液滴に持たせることが可能であることを示しました。具体的には、DNA液滴が、がんバイオマーカーであるマイクロRNA(miRNA)の特定のパターンの検出をできます(図2)。三種類のYモチーフそれぞれが液滴(図2のピンク、緑、青)を形成できるが、それぞれを結合させる機能のあるリンカーDNA(6分岐の構造)を入れると三種類の液滴は融合し(混ざり)ます。ここで、miRNAを入れると、リンカーが壊れるため、再び、三種類の液滴に分裂します。つまり、がんマーカーのmiRNAの有無を判断(=計算)し、DNA液滴が分裂するという現象でがんマーカーのmiRNAがあるということを教えてくれます。

■科学的・社会的意義
分子コンピューティングの研究が進むと細胞内でも駆動するナノサイズのコンピュータを作ることができるようになります。しかも、ATPなどの化学エネルギーを使って動作するため、電力は不要で、超省エネルギーのコンピュータを実現することができます。分子コンピュータは、電気的な情報だけでなく、RNA/タンパク質といった分子情報を直接扱った計算ができるため、知的な薬、病気の診断をするナノマシン、体を治療してくれる人工細胞や免疫細胞のような分子ロボット(文献1,4)などへ応用することが可能となると考えられています。

■参考文献
1)瀧ノ上正浩, “生体内で働く分子ロボットの実現へ:情報媒体としてのDNA分子とDNAコンピューティング”, 情報管理(JST), vol. 60, no. 9, pp. 629-640 (2017). DOI: 10.1241/johokanri.60.629
2)Jing Gong, Nozomi Tsumura, Yusuke Sato, *Masahiro Takinoue, “Computational DNA droplets recognizing miRNA sequence inputs based on liquid-liquid phase separation”, Adv. Funct. Mater., (2022), DOI: 10.1002/adfm.202202322. (日本語解説https://www.titech.ac.jp/news/2022/064179)
3)Yusuke Sato, Tetsuro Sakamoto, *Masahiro Takinoue, “Sequence-based engineering of dynamic functions of micrometer-sized DNA droplets”, Science Advances, Vol. 6, no. 23, eaba3471, (2020), DOI: 10.1126/sciadv.aba3471 (日本語解説 https://www.titech.ac.jp/news/2020/046905.html)
4)Daisuke Ishikawa, Yuki Suzuki, Chikako Kurokawa, Masayuki Ohara, Misato Tsuchiya, Masamune Morita, Miho Yanagisawa, Masayuki Endo, Ryuji Kawano, *Masahiro Takinoue, “DNA Origami Nanoplate‐Based Emulsion with Nanopore Function”, Angew. Chem. Int. Ed., vol.58, pp.15299-15303 (2019). DOI: 10.1002/anie.201908392 (日本語解説 https://www.titech.ac.jp/news/2019/045134)

■良く使用する材料・機器
1) 共焦点顕微鏡システム FV1000 (オリンパス株式会社)
2) EM-CCDカメラ iXon / sCMOSカメラ Zyla (アンドール株式会社)
3) 共焦点スキャナユニット CSU-X1 (横河電機株式会社)
4) 実験試薬 (Sigma-Aldrich、ナカライテスク株式会社、和光純薬株式会社)


R4年度分野別専門委員
東京工業大学・情報理工学院
瀧ノ上 正浩 (たきのうえ まさひろ)
http://takinoue-lab.jp/


 

「動作がプログラムできる人工的なDNA反応システムを構築し、
生物システムの動作原理を探る」

■背景 生活家電からロケットまで、人間のあらゆる活動において、電子コンピュータを用いた自動化や精密な制御が行われています。生物学研究も例外ではなく、生命現象を観察・操作する際に多くの電子機器が活躍しています。しかし、生命現象を実現しているタンパク質などの分子マシンの動作を、一つ一つ電子コンピュータで制御することはできません。それでは、生物はどのようにして膨大な種類の分子反応を制御し、生命活動を営んでいるのでしょうか?



図1 核酸シグナルを受け取って状態遷移する1分子DNAコンピュータ「D-WPCR (Displacement Whiplash PCR)」。多段階の情報処理が37℃で進行する。


■研究概要 生物は、DNAの塩基配列にコードされた設計図にしたがってたくさんのタンパク質を合成し、様々な機能を持つタンパク質がお互いを制御するネットワークを構築し、複雑で知的な動作を実行しているシステムです。DNAにはタンパク質のように多様な反応を直接制御する機能はありませんが、合成や複製が容易で扱いやすく、相補配列どうしが特異的に結合する性質を持っています。DNAコンピューティングは、DNAの配列特異的な結合を基礎として人工的な反応ネットワークを構築し、知的な動作が実行できる比較的単純なシステムを創ることを通じて、生物システムの動作原理を解明しようとする分野です(図1、文献1)。

■科学的・社会的意義 本研究で創る知的なシステムは、DNA をはじめ既知の生体分子のみで構成されるため、詳細な検証が可能であるだけでなく、天然の生体分子反応とも直接相互作用します。DNAの配列を変更するだけで動作が変更でき、生命現象を、あらかじめDNA配列でプログラムした動作によって“分子レベルで自動制御する”ツールとなることも期待されます。また、運動機能を持つ人工生体分子システムに対する制御機構として用いれば、近い将来、分子反応で動く分子ロボットが実現できるでしょう(文献2)。

■参考文献 1)Komiya, K., Yamamura M., Rose J. A. (2010), “Experimental Validation and Optimization of Signal Dependent Operation in Whiplash PCR,” Natural Computing, 9(1): 207-218.
2)Murata, S., Hagiya, M., et al. (2012), “Molecular Robotics: A New Paradigm for Artifacts,” New Generation Computing, in press.

■良く使用する材料・機器 1) 蛍光分光光度計 FP-6500(日本分光株式会社)
2) リアルタイムPCR解析システム CFX96 Touch(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)
3) 蛍光画像解析装置 FLA-5100(富士フィルム株式会社)



H23, 24年度分野別専門委員
東京工業大学・知能システム科学
小宮 健 (こみや けん)
https://bio-inspired.chemistry.jpn.com/