一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

ゲノム解析

「ゲノムを調べて生物の進化を確かめる」

■背景 細胞内にはDNA(deoxyribonucleic acid)と呼ばれる高分子があります。DNAは、A,T,G,Cという略称で示される4種類の形の異なる塩基が長い鎖のように連なってできています。塩基の配列は、例えばATTGAGCCA…のように文字列とし表現できます(文字数=塩基数)。この文字列こそ、分子レベルで母細胞(親)から娘細胞(子)へ伝えられる遺伝情報にほかなりません。ある生物がもつDNA上のすべての塩基配列は、その生物のゲノム(genome)と呼ばれています。ゲノム解析の第一歩は、ゲノムの配列を解読することから始まります(図1)。1000塩基程度の塩基配列は、サンガー法と呼ばれる手法で解読できます。簡単には、解読したいDNAを鋳型にして、鋳型よりも配列の長さが1塩基ずつ短くなったDNAを酵素反応によって得ます。DNAは全体としては負に荷電しているため、電場をかけると陽極側に進んでいく性質があります。このとき、電場をかけた通路に障害物を置き、1塩基でも短いDNAほど早く進むようにしておきます。陽極側に検出器を設置しておくと、到着したDNAを短いものから順番に検出することができます。このようにして得られた塩基配列をつなぎ合わせて、長いゲノム配列を解読していきます(尚、近年は次世代シーケンシングと呼ばれる新たな方法によってゲノム配列の解読が行われています)。このような技術的背景を持った私たちは、生物についてどのような情報をくみ取ることができるでしょうか。これがゲノム解析の次の一歩になります。



図1 DNA塩基配列解読の概要(サンガー法)。標識したそれぞれの色素が検出器に到着する順番から、DNAの配列が解読できます。原料に含まれる酵素は、解読したいDNAを鋳型とし、それと同じ配列のDNAを、単量体の結合によって合成しようとします。このとき、誤ってアナログを連結してしまうとそこで合成反応が停止します。結果的に様々な箇所で反応が停止し、停止箇所のみ色素標識された様々な長さのDNAが得られます。検出器には長さの短い反応産物から順に到着するため、到着した色素の順番(黒黒緑赤青黒…)から配列(GGATCG…)が得られます。

■研究概要 一例として、人工進化によって得た微生物の進化株のゲノム解析からわかることを紹介しましょう。人工進化は、実験室内の任意に設計した理想環境下で生物を何世代にも渡って飼育することで実現できます。例えば、図2に示した実験では、非常に多くの突然変異がゲノム上に蓄積した進化株を短期間のうちに得ることができます[参考文献1]。得られた進化株のゲノムを解読し、元株のそれと比較して解析することで、ゲノム上のどのような箇所にどのような変異がどれだけ蓄積したかを知ることができます。これらの実験データを用いることで、変異の発生頻度(mutations/generation)や変異が発生しやすい/しにくい箇所(hot/cold spot)、どの塩基からどの塩基への変異が生じやすいか(mutational spectrum)、などの変異に関する基本的かつ重要な量的情報を、より正確に得ることができます。また、 人工進化では、同一条件で複数系列の進化を観察することができるため、進化の再現性や偶然性を確認することもできます。



図2 ゲノム解析を用いた研究例。A: 寒天培地で培養した微生物(大腸菌)。B: 培地上のコロニー(集落)の拡大図。C: コロニー内の細胞。D: 人工進化の実験例。E: 元株と進化株の、あるゲノム領域の配列を解読したもの。元株でGの箇所が進化株ではTに変異(塩基置換変異)しています。F: 3系列の進化株で見られた塩基置換変異の発生箇所の比較図(ゲノムは4.6×106 塩基長)。赤線で示した位置で変異が検出されています。

■科学的・社会的意義 ここで紹介した研究のように、人工進化によって得た生物のゲノム解析は、進化理論や変異に関する仮説を定量的に厳密に検証する際に大きく役立っています。このほかにも、ゲノム解析は多くの分野で用いられており、生物物理の分野では細胞の理論モデルの構築[参考文献2]などにも役立っています。また、病原性細菌や癌細胞のゲノム解析は、疾病の原因解明や新薬開発などの社会的意義を持つ分野でも役立っています。

■参考文献 1)Saburo Tsuru, Yuka Ishizawa, Atsushi Shibai, Yusuke Takahashi, Daisuke Motooka, Shota Nakamura, Tetsuya Yomo.(2015) “Genomic confirmation of nutrient-dependent mutability of mutators in Escherichia coli.” Genes to Cells, 20(12), 972–981.
2)Mark Isalan (2012). "Systems biology: A cell in a compute" Nature 488: 40–41.

■良く使用する材料・機器 1) サンガー法シーケンサー (Applied Biosystems)
2) 実験試薬 (和光純薬工業株式会社

H28年度分野別専門委員
大阪大学大学院・情報科学研究科
津留三良 (つるさぶろう)
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