一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

機能ゲノム科学

「細胞システムは、タンパク質の過剰にどこまで耐えられるのか?」

■背景 1つの生物はたくさんの遺伝子を持っています。例えば、私が研究対象としている出芽酵母は、約6000の遺伝子を持っていて、それぞれがタンパク質を作ります。細胞の機能はこれらの遺伝子、タンパク質が複雑に相互作用することで達成されます。細胞の機能がうまく働くためには、それぞれのタンパク質は適切な量存在している必要がありますが、一方で最近の研究から、これらの量が多少変動しても細胞の機能は正常に保たれるということが分かってきました。この性質は「ロバストネス」とよばれており、進化の結果つくられた生命の基本原理であると考えられています。 ただ実際のところ、これらのタンパク質の量がどれくらい変化しても細胞の機能が正常に保たれるのかは、ほとんど分かっていません。分かっていないことは調べてみる。そこからは新たな「生命の不思議」が見えてくるかもしれません。

■研究概要 私たちは、それぞれのタンパク質をどれくらい変化させても細胞の機能が正常に保たれるのかを測ることにしました。その為に「遺伝子つなひき法」という実験系を作りました。この実験系では、プラスミドという小さなDNAを用い、それぞれのタンパク質をコードする遺伝子のコピー数をどんどんと上げ、細胞機能が破たんする(死ぬ)限界を測ります。酵母のすべての遺伝子についてこの実験をおこなった結果、6000個のタンパク質のうち80%以上については、もとの量の100倍以上に過剰に発現させても、細胞機能は破たんしませんでした。いっぽうで、100個程度のタンパク質については、わずかな過剰でも細胞機能を破たんさせることが分かりました。驚くことに、なかには、もともとの量の2倍程度で細胞機能を破たんさせる遺伝子もありました。

■科学的・社会的意義 タンパク質が、もともとの量の2倍程度の過剰で細胞に異常を起こさせる、という現象は実はヒトの病気に大きく関係しています。ダウン症候群という病気は、21番染色体が1本余分に存在し、3本になってしまうことにより生じます。つまり、21番染色体に存在する遺伝子が、正常な量から1.5倍過剰に発現することがこの病気の原因なのです。私たちの研究は、このような染色体異常がもたらす病気の原因を明らかにすることにつながるかもしれません。

■参考文献 1)Moriya H, Makanae K, Watanabe K, Chino A, Shimizu-Yoshida Y., Robustness analysis of cellular systems using the genetic tug-of-war method., Mol Biosyst. 2012; 8(10):2513-22. 2)Makanae K, Kintaka R, Makino T, Kitano H, Moriya H., Identification of dosage-sensitive genes in Saccharomyces cerevisiae using the genetic tug-of-war method., Genome Res. 2013; 23(2):300-11.

■良く使用する材料・機器 1) 出芽酵母、プラスミドDNA
2) 蛍光測定装置(テカン)
3) リアルタイムPCR装置(ロシュ)



H24年度分野別専門委員
岡山大学・異分野融合先端研究コア
守屋央朗 (もりやひさお)
https://tenure5.vbl.okayama-u.ac.jp/