一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

表面探針顕微鏡(STM,AFM 等)

高速原子間力顕微鏡 ~タンパク質が働く様子を直接捉える~

■背景 タンパク質は周囲の環境に応じて構造を変えながら、独自の機能を発現しており、「構造」と「機能」は密接に関係しています。そのため、タンパク質が機能する仕組みを理解するには、どのような構造の変化が個々のタンパク質分子に起こっているかを知ることは非常に重要です。タンパク質が働いている現場の一部始終を時間を追って見ることができたらどんなに素晴らしいことであろうか、と誰もが考えるわけですが、実現する観察技術はありませんでした。
原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy: AFM)は1986年にスイスで発明された顕微鏡で、試料表面の構造をナノメータースケールで観察することができます[1]。観察条件によっては原子1個をも解像できる高い空間分解能を持っているため、半導体や金属などの無機材料から有機分子や生体試料などの幅広い試料の観察に利用されており、ナノサイエンスに欠かせないツールになっています。AFMは柔らかい板バネ(カンチレバー)先端についた針を試料の1点1点に接触させて針と試料に働く力を検出することで、分子全体の形を直接見る顕微鏡で、液中にある分子でも見ることができます(図1)。AFMを使ってこれまで様々なタンパク質の構造が溶液環境下で観察されてきましたが、1点1点の接触を分子全体にわたって行うには相当の時間がかかるため、分子の動きを追うことはできませんでした。また、針の接触が分子を壊したり、分子の動きを妨げたりしてしまうという問題を抱えていました。


図1 AFMの原理:板バネについた針と試料の間に働く力を板バネのたわみとしてレーザー光で検出する。


図2 (a)ミオシンVがアクチンフィラメントに結合している様子の模式図。(b)(c)高速AFMで観察されたミオシンVの歩行運動

■研究概要 私たちの研究室では1点1点の接触動作や接触の検出を高速化するために、微小カンチレバー、試料台を3次元に動かす高速スキャナー、スキャナーの振動を抑制する技術、レバーの動きを高速かつ高感度に検出するセンサーなどを開発するとともに、針を試料に優しく接触させる制御技術など、様々な工学技術を総動員して開発を進めてきました。その結果最近になり、理論限界にほぼ近い1フレームを40msで取得できる高速イメージング可能なAFMを開発することに成功しました[2]。これにより、これまでアンサンブル平均あるいは静止画としてしか観測できなかった生体分子の構造をリアルタイムで可視化できるようになり、いろいろなタンパク質のダイナミクス解析が行われきています。
ここでは、高速AFMの能力が如何なく発揮された例として分子モーターであるミオシンVの観察例を紹介します[3]。ミオシンV(図2a) は細胞において物質輸送を担うモータータンパク質で、レールであるアクチンフィラメントに沿って長距離にわたって直線運動することが知られています。これまで様々な手法により運動様式に関する研究がおこなわれており、ミオシンV は2 本の脚を交互に振り出しながら約36nmステップで前進運動する、ハンドオーバーハンド様式で運動すると考えられています。この動きを高速AFMで観察すると、たしかにミオシンV が約36nm のステップで一方向にプロセッシブ運動する様子を鮮明に観察することができました(図3a)。また、後ろ脚がアクチンから解離すると、 ほぼ真っ直ぐな前脚が後方に傾いた向きから前方に傾いた向きに自動的に回転し、ブラウン運動していた後ろ脚が再びアクチンに結合して前脚になる様子、すなわちハンドオーバーハンド様式で動いている様子を捉えることもできました(図3b)。このように、これまでさまざまな計測手法を駆使して明らかにされてきた事実や仮説が高速AFM による1回の観察によって視覚的証拠として一目瞭然に明らかにすることができます。
 高速AFMで取得されたタンパク質の動画は下記URLで見ることができます。
 https://www.s.kanazawa-u.ac.jp/phys/biophys/index.htm

■科学的・社会的意義 “百聞は一見に如かず”という諺がありますが、現象をまず「観る」ことは科学の原点で、動画には多くの情報が含まれています。なにより、タンパク質が機械のようにパタパタと働いている様子を見ることは理屈抜きに楽しいではないでしょうか?一生懸命動いているヤツを見ているとなんだかかわいくなってきます。高速AFMによる観察が役立つであろうタンパク質はまだまだ多くあり、従来法では明確な結論を出せなかった現象の理解に貢献できると期待されます。タンパク質の働く仕組みが明らかにできれば、その情報は医療や創薬などの分野にも何らかの形で役立つと思われます。

■参考文献 [1] G. Binnig, C.F. Quate, and Ch. Gerber, Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 930-933.
[2] T. Ando, T. Uchihashi, and T. Fukuma, Prog. Surf. Sci. 83 (2008) 337-437.
[3] N. Kodera, D. Yamamoto, R. Ishikawa, and T. Ando, Nature 468 (2010) 72-76.

H24年度分野別専門委員
金沢大学理工研究域数物科学系(生物物理学研究室)
内橋 貴之 (うちはし たかゆき)