一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

発見的定量イメージング法としての光・電子相関顕微鏡法

(2009/02/21)

光学顕微鏡特に蛍光顕微鏡の持つ多様性と発見性、そして電子顕微鏡の持つ高分解性と定量性を合わせ持つ顕微鏡はマイクロイメージング法の究極手法と言える。ここで発見性の言葉で私達が意図しているのは、顕微下における生物現象の発見である。2008年ノーベル化学賞に輝く蛍光蛋白質の細胞生物学的応用は、蛍光顕微鏡法の発見性を飛躍的に高めたと言える。もちろん生物現象の進行が発見の前提なので、生きた試料の動態観察が不可欠となる。ここで、生理研で開発推進している多光子顕微鏡を例にとり、その発見性を示したい。図1は蛍光蛋白質の一種EYFPを錐体神経細胞に発現したトランスジェニックマウスの、生きたマウスの大脳皮質部の2光子励蛍光起顕微鏡像である(Mol Cells, 26 (2008) 26113)。2光子顕微鏡の持つ低侵襲性及び優れた深部解像により、サブマイクロメータ構造を明瞭に描出することに成功している。また観察対象は「生きて」いるので、長期間にわたって継続的に変化を追跡することも可能である。また超局所的光活性化が可能であるので、イオンチェネルの機能マッピングなどにも使用されている。現在、神経科学を中心に、実際の組織中での細胞運動が決定的であるような、免疫や癌研究等の系にも応用が広がりつつある。

図1、生きているマウスの大脳皮質のEYFP発現神経細胞群の3次元再構築
生理学研究所において新たに開発された“in vivo”2光子顕微鏡法は生体深部の微細な細胞の形態や活動を観察することを可能とする。マウス個体を生かしたまま,空間分解能を損なうことなく大脳表面から1mm以上の深部の断層像が取得でき,生きた大脳皮質全体を可視化した(生理学研究所要覧2008より転載)。

図1に示したような蛍光顕微鏡の隆盛に引きかえ、1980年代以降電子顕微鏡による生物学的発見はほとんどない。試料調整法(化学固定、脱水、樹脂包理、切片化、電子染色)における人為エラー限界と何よりも動態観察不能という限界のためである。前者の限界は急速凍結による低温固定と引続く非晶質氷包理法により解決されたが、生きた動きのある試料の電顕観察は種々の困難のため実現されていない。しかし電子顕微鏡は原子電位を直接画像化しえる点で元来定量的手法である。

一般に顕微鏡像は染色剤を用いた場合試料の物理量と関係づけにくい。選択的化学反応を含むからである。この点物質密度に最も忠実なコントラストを示すのは無染色試料の位相差像である。すなわち位相情報回復は像コントラストの定量解釈の基礎である。最近生理研で開発された位相差電子顕微鏡も物質密度を位相を通じ定量化できる。しかも急速凍結法と結合すると高分解能性と定量性の両者の利点を合わせ持つ(Biophys. Rev. 1 (2009) 37)。図2に蛋白質、ウイルス、バクテリアの位相差像の例を示した。透明試料ながら場所の位相差に比例したコントラストを提示しており、物質密度と対応できる。

図2.急速凍結し非晶質氷に包理された各種生物試料の300kV電顕像
生理学研究所で新たに開発された位相差電子顕微鏡は無染色試料の位相をコントラストに変換し、定量イメージングを可能とする。透明試料なので通常像はほとんどコントラストがない(透明)が、位相差像は位相差を可視化した(Phil, Trans, R. Soc, B 363 (2008) 2153 を改変)。

上記に述べた蛍光顕微鏡と位相差電子顕微鏡に見られる相補的な特長、すなわちその場観察の発見性と高分解能定量性を両方を具備した手法はないものだろうか。この問いへの答が本レポートのタイトルに示す光・電子相関顕微鏡法である。

蛍光蛋白質を用いた蛍光顕微鏡観察の過程で、誰しもあと1ケタ高い分解能がほしいと思う。光学顕微鏡法自体での超分解能化の取り組みは、マックスプランク研究所S. HellらのSTED(Stimulated Emission Depletion)により行われている。しかし特殊な蛍光試薬に依存する点で、先に述べた定量イメージング法ではない。同じマックスプランク研のW. Baumeisterグループや米国のTsien / Ellismanグループは、同一試料を光顕、電顕で観察する相関法を採用している。Baumeisterらは、光顕側を低温電顕に合わせるため、凍結試料の蛍光顕微鏡を開発した(J Str. Biol. 160 (2007) 135)。一方、Tsien / Ellismanらは、従来型生物電顕と光顕の折り合いをつけるため、光顕・電顕共用のラベル剤Q-dotを開発した(Nat. Methods 2 (2005) 743)。2台の顕微鏡でなく、両者を一つの装置に組み込むハイブリッド型もUtrecht大より最近提案されている(J.Str.Biol. 164 (2008) 183)(図3)。

図3.Utrecht大の光・電子ハイブリッド顕微鏡概念図(B.Humbel私信)

上記Utrecht大のハイブリッド型光・電子顕微鏡は、同一視野だが同時観測ができない。現在永山グループでは、CRESTの支援を受け、光軸を共通とする真の光・電子ハイブリッド顕微鏡を開発している。次回この頁を更新するときに結果をお知らせしたい。

自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンタ-& 生理学研究所 永山 國昭・根本 知己