一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

放射光

「高輝度X線で生命機能を解明する」

■背景 放射光とは、光の速度まで加速された電子が放出する電磁波のことです。赤外から硬X線まで幅広い波長の電磁波を含みますが、もっとも多く利用されているのはX線です。 放射光は単なる電磁波ですから、これをどのように生物物理の研究に生かすかは使い方次第です。実験手法は、現状では次のように分類されます。
(1)タンパク質結晶構造解析
(2)小角散乱などの非結晶構造解析
(3)X線顕微鏡などのイメージング
これらの他に、赤外分光や蛍光X線による元素マッピングなど、さまざまな手法が開発されています。また最近はXFELという新しいX線光源も開発され、コヒーレントなパルスX線が得られるようになりました。



図1 カルモデュリンのカルシウム結合後に生じる構造変化の模式図。カルモデュリンのN端とC端のドメインを、それぞれ青と赤で示している。緑のらせんは、本実験でターゲットペプチドとして用いたマストパランである。

■研究概要 ここで紹介するのは、X線小角散乱です。この手法は試料を結晶化する必要がなく、生体環境に近い条件で観察できます。そのためタンパク質や脂質などの動的構造変化を測定し、その機能を研究するのに適しています。筋肉の研究例がもっとも有名ですが、ここで取り上げるのは最近のカルモデュリンの研究です。カルモデュリンは真核生物のすべての細胞に存在するカルシウム結合タンパク質で、カルシウムイオンによる細胞内信号伝達を担っています。カルシウムを結合したカルモデュリンはターゲットとなる酵素などのタンパク質の一部に結合し、そのタンパク質の機能を制御します。この過程は長年研究されてきましたが、カルシウム結合に伴う速い構造変化をX線小角散乱で調べた例はありませんでした。この研究では、カルシウム濃度を急激に変えるためにDM-nitrophenという光分解でカルシウムを放出する化合物を用い、SPring-8の強力な放射光を用いて0.5ミリ秒の時間分解能で小角散乱の変化を追跡しました。その結果、カルシウム結合前のカルモデュリンは伸びた形状をしており、カルシウムを結合すると10ミリ秒程度かけて球状になることが分かりました。さらに、その後ターゲットとなるペプチドを結合するとそのままコンパクトな構造を維持しますが、ペプチドを結合しないと再び伸びた形状に戻ることも分かりました(図1)。このようにタンパク質の形状を直接高時間分解能で観察できることが、X線小角散乱法の特長です。

■科学的・社会的意義 カルモデュリンによる細胞内信号伝達は様々な細胞機能で重要な働きをしており、多くの疾患に関係しています。この研究で明らかにされたカルモデュリンの構造変化(図1)では、カルシウム結合後に一旦構造が変わってからターゲットのペプチドと結合していますが、これは細胞内のカルシウム濃度が情報伝達以外の何らかの理由で短時間上昇した時に、誤った信号が伝わらないための重要なステップと考えられます。

■参考文献 1)Yamada, Y., T. Matsuo, H. Iwamoto and N. Yagi. A compact intermediate state of calmodulin in the process of target binding. Biochemistry 51, 3963-3970 (2012).

■良く使用する材料・機器 放射光は、放射光施設で利用可能です。茨城県のPhoton Factoryや兵庫県のSPring-8が代表的な施設です。これらは共同利用施設で、課題申請を行い、審査委員会で承認されればほぼ無料で利用することができます。課題申請は年2回可能です。詳しくはそれぞれのホームページを参照して下さい。
Photon factory: https://pfwww.kek.jp/indexj.html
SPring-8: https://www.spring8.or.jp/

H24年度分野別専門委員
公益財団法人高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門
八木直人 (やぎなおと)
http://www.spring8.or.jp/