一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

タンパク質の凝集

「変性したタンパク質がつくる集合体を紐解き制御する」

■背景  タンパク質は、20種類のアミノ酸がペプチド結合で連なった鎖状の生体高分子で、アミノ酸同士が相互作用することにより非常に精巧な立体構造を形成することができます。しかしタンパク質が何らかの要因で立体構造を失うと、内部に埋もれていた疎水性アミノ酸が露出し、分子間で会合しやすくなります。すると、本来は水溶液中で分散していたタンパク質分子が多数集合し、大きな塊状になります。これがタンパク質の凝集です。
 タンパク質の凝集を身近に感じられるのは食品加工です。目玉焼きができるのは、卵黄や卵白に含まれるタンパク質が加熱により立体構造を失い(熱変性といいます)凝集するからです。またチーズは、生乳に凝乳酵素を作用させることでカゼインというタンパク質が切断され構造が変化し、凝集が起きやすくなることを利用して作られます。

■研究概要  上の例は、人類の知恵と経験により発見され利用されてきたタンパク質凝集のポジティブな面と言えるでしょう。一方で、我々の体内で起きるタンパク質凝集は、多くの場合生理機能的に好ましくありません。何故ならば、タンパク質が本来持つべき機能が失われるうえに、凝集体自体も細胞の損傷を引き起こし得るからです。体内のタンパク質凝集は、タンパク質の化学的な変化や、細胞の中にあるタンパク質の品質を維持するためのシステムが異常をきたすことで引き起こされることが分かっています。凝集体が蓄積すると細胞は非常事態にさらされます。
 生体内で生成する凝集物として有名なのが“アミロイド線維”です。アミロイド線維は数十種類のさまざまな疾病に関与することが知られており、社会的に注目を集めているアルツハイマー病やパーキンソン病にも関わります。タンパク質の凝集物には構造を持たないものも多いのですが、アミロイド線維はβシートと呼ばれる規則構造を持ちます。この構造は、自己触媒的に増殖するという驚くべき性質を持っており、これが疾病の重篤化や感染・伝播の根源であるという仮説が有力視されています。すなわち、病理をタンパク質の物性をもとに理解し制御できることが期待されるのです。このため、生物物理の観点からの研究が必要となります。

■科学的・社会的意義  アミロイド線維をはじめとした生体にとって不利益な凝集物を生成することを“タンパク質の異常凝集”と呼びます。先述のように病気に深く関わるため、タンパク質の異常凝集メカニズムを解明することは医療の観点から重要な研究課題です。また、進展が著しい抗体医薬の分野では、抗体の凝集が予期せぬ免疫反応を引き起こすことが指摘されています。このため抗体医薬品に含まれる凝集を検出し抑制するための手法開発に精力が注がれています。
 一方で、生体内のタンパク質凝集は異常凝集ばかりなのか、といえば、そうではありません。植物の種子や細胞の中の分泌顆粒では、タンパク質を高密度かつ安定に貯蔵するために一種の凝集状態を利用しています。このような生命機能を担う凝集状態もタンパク質の本質的な姿のひとつであり、極めて有用な知見を与えてくれるでしょう。異常凝集と正常な凝集を包括的に理解する必要があります。

■参考文献 1)Dobson, C.M. "Protein folding and misfolding" Nature 426, 884-890 (2003)
2)Chatani, E. and Goto, Y. "Structural stability of amyloid fibrils of β2-microglobulin in comparison with its native fold" Biochim. Biophys. Acta 1753, 64-75 (2005)
3)茶谷 絵理「プログラムされていないフォールディング-アミロイド線維の形成-」生化学 87, 292-297 (2015)

■良く使用する材料・機器 1)分光蛍光光度計
2)円二色性分散計
3)原子間力顕微鏡
4)フーリエ変換型赤外分光光度計
5)実験試薬(ナカライテスク株式会社、和光純薬株式会社など)

H29年度分野別専門委員
神戸大学大学院・理学研究科
茶谷絵理 (ちゃたにえり)
https://www.chem.sci.kobe-u.ac.jp/staff/Chatani/