タンパク質設計・ドラッグデザイン
(2009/06/23)
1.生物物理学者は、DNA情報の持つ真の意味を解読します。
タンパク質は、DNAの持つ遺伝情報に従って20種類のアミノ酸が並んだ(アミノ酸配列という)1本の鎖ですが、生理的な環境下では、それぞれのタンパク質毎に固有の「かたち」をとって機能を発揮します。この「かたち」自体が、DNAの遺伝情報にフィードバックされて、進化の過程で保存され、また分化してきたと考えられています。生物物理学者は、どうして、それぞれのDNA情報であるアミノ酸配列が、固有の「かたち」に対応するのだろう?ということを理解したいと考える人種です。これは、他の多くの生物学者が、タンパク質という分子はそういうものだ、と受け入れてしまうのに対し、生物物理学者だけが「なぜ、タンパク質は多様なかたちをするのだろう?」という素朴な疑問を持ちつつけているからです。そのアプローチも多様であり、6万種ほどのタンパク質のかたちの情報(PDBデータベース: Protein Data Bank)とアミノ酸配列との対応関係から帰納的にその原理を学ぼうとうする一方、物理化学的な解析から演繹的な分子シミュレーションによってエネルギーが低い安定なかたちを一義的に求めようともしています。また、もし、その対応関係を人間が完全に理解できれば、その時には、逆に、人間がアミノ酸配列を設計することによって望みの「かたち」のタンパク質を創りだせるはずです。
産総研の本田真也博士らは、わずか10ヶのアミノ酸がつながった小さなタンパク質(通常のタンパク質は100から1000程度のアミノ酸が並んでいます)を、上記の帰納的および演繹的手法の双方を取り入れて、ヘアピン型のかたちをとるように設計(アミノ酸配列はTyr-Tyr-Asp-Pro-Glu-Thr-Gly-Thr-Trp-Tyr)し、CLN025と名づけました。このペプチド鎖は水中でたいへん安定で、望みのようにヘアピン型をしている(図1)ことが、X線をあてて得られた回折像の解析によって確認されています[1]。また、天然タンパク質と同様、高温でそのかたちが壊れることも観察されています。すなわち、まるでJ. F. シャンポリオンが古代エジプト文字で書かれたロゼッタ・ストーンの碑文を解読し、さらにはそこで使われた言語で新たな文章を書くことができたように、生命の基になっているタンパク質分子において、そのDNAの持つ情報がタンパク質のかたちを決める仕組みを解読し、短いセンテンスではあるものの、10ヶのアミノ酸からなる新しいタンパク質という文章を書くことに生物物理学者が成功したわけです。
2.生物物理学者は、合理的に薬を創りだします。
薬は、昔は「生薬」としてハーブや特殊な植物や動物から抽出したものが試行錯誤の結果として使われてきました。近代になって、それらの元になっていた低分子化合物の同定が進み、有機化学的手法によってさらに効果的な薬を合成したりバクテリアが創る低分子化合物を探索したりすることにより、多くの薬が作られ使われています。多くの薬は、タンパク質やDNA等の生体分子の働きを阻害しており、今では、薬の標的となるタンパク質の「かたち」を高い精度で解析し、その働きを阻害するような探索(スクリーニングと呼ばれる)や設計が行われるようになっています。ここでも、生物物理学者は、単に薬が効けばよい、という考えでなく、なぜ薬が効くのか(標的タンパク質の働きをどのようにして阻害するのか)ということを理解したいと思い、その阻害の様子を解析します。
阪大工・井上豪博士らは、抗炎症剤や抗アレルギー剤として有効なプロスタグランジンD合成酵素(H-PGDS)の阻害剤が、どのような仕組みで働いているかを理解するため、既知の薬であるHQL-79との複合体のかたちをX線回折実験により決定しています(図2)[2]。

この複合体の「かたち」から、阻害剤HQL-79のプロピル基を長くしたり、ポケットの奥にはまり込むジフェニル基を置換したりして、よりポケットにぴったりとはまり阻害効果が強くなる低分子化合物を設計・合成したところ、既知の薬よりもはるかに強い阻害活性を見出すことができています。
実際の薬として利用されるためには、マウスなどを用いた生体に対する実際の検証を行い、最終的には人間に対する効果や副作用が起きないことを確認する必要があります。しかし、全く新しい薬の種(シード)を創りだす研究は、このように生物物理学者が得意とする分野であり、薬学研究者との共同研究によって、実際に利用されうる薬を開発する研究が進んでいます。
3.生物物理学者は、インフルエンザ・ウィルスにも立ち向かいます。
2009年春先にメキシコでの大規模感染に端を発したブタ・インフルエンザ・ウィルスは世界中に蔓延し、パンデミックと認定されるほど深刻な事態となったのは、皆さんもご存知のとおりです。ただし、今のところ見つかっている新型ウィルスには、これまでの特効薬として知られているタミフル(Oseltamivir)が効果があると言われています。もともとタミフルは、前述したプロスタグランジンD合成酵素阻害剤と同様に、インフルエンザ・ウイルスの酵素タンパク質ノイラミニダーゼ(NA)の触媒機能を阻害する効果を持つ薬として開発されたものです。図3aのように、H5N1トリ・インフルエンザ・ウィルスのNAの触媒部位のポケットにピッタリはまり込んで、酵素機能が発揮できなくしている様相を見ることができます[3]。生物物理の研究者がその開発にも関わっている、コンピュータによるモデリング技術の一つであるホモロジー・モデリングの方法によって、新型ブタ・インフルエンザ・ウィルスのゲノム解析から得られたNAタンパク質のアミノ酸配列に基づいて、その立体構造モデルを作り、タミフルが結合できる様子を調べられます(図3b, c)。このモデリングの技術は、今では誰でもWeb上のサービス(例えば阪大蛋白研で開発した Spanner など)によって利用することができます。

また、先に述べた創薬の方法で、インフルエンザ・ウィルスのNA以外の他のタンパク質の機能を阻害する薬のシーズを発見することにも生物物理学者は力を注いでおり、生命とは何か、という問いかけに始まり、人間の健康増進に役立つ応用研究によって、直接社会に役立つ寄与を果たしています。
[参考文献]
[1] Honda, S. et al. (2008) Crystal structure of a ten-amino acid protein. J. Am. Chem. Soc. 130, 15327-15331.
[2] 井上豪、裏出良博(2007) 阻害剤開発のための2種のプロスタグランジン合成酵素の構造と機能.生物物理47 (1), 36-43.
[3] Russel, R. J. et al. (2006) The structure of H5N1 avian influenza neuraminidase suggests new opportunities for drug design. Nature 443, 45-49 (PDBID: 2hu0-chain B).
大阪大学・蛋白質研究所・蛋白質情報科学研究系 中村春木