細胞運動

「細胞の物理的な制御からその運動の巧妙さに迫る」

■背景
生物は発生における複雑な形態の形成や、規則正しい運動様式などさまざまな調和を生み出すことができます。これは運動している細胞も同じです。アメーバ運動している細胞は前後極性を自分で決めているし(図1A)、特定の形になって運動する細胞もいます(図1B)。繊毛やべん毛を使って泳いで移動する細胞(図1C)は、それぞれの繊毛・べん毛を規則正しく動かすことで効率良く泳ぐことが出来ます。ゾウリムシ(図2A)を例にもうちょっと詳しく考えてみましょう。ゾウリムシはどこの池にもいる単細胞生物で、全身が多数の繊毛に覆われています。これら繊毛1本1本が発生する推進力で細胞が前進します。それぞれの繊毛がテンデンバラバラに動いていては効率よく泳げそうにありません。実は、それぞれの繊毛は隣り合う者同士がわずかな時間差で打っているのです。そうすると、繊毛打はきれいな波となって全身に伝わります。この波をメタクロナール波と呼びます(図2B)。神経もない単細胞のゾウリムシがどうやって全身の細胞を一定の時間差で打ち続けることができるのでしょう?



図1 運動している細胞達。A:筆者の血液の好中球。B:魚類表皮細胞ケラトサイト。C:カメガタヌマミズケムシ Didinium nasutum



図2 ゾウリムシ Paramecium caudatum。A:全体像。B:拡大図。隣り合う繊毛がわずかな時間差で打つことで繊毛打が波となって伝わる。



図3 ゾウリムシの強制的な伸縮。ゾウリムシを強制的に一定周期で伸縮させると、メタクロナール波の発生周期が伸縮周期に引込まれる。

■研究概要
調和や規則性を自発的に生み出すことは生物の大きな特徴の一つです。私たちは、細胞運動のさまざまなパラメータを計測したり、細胞運動に人為的な制御を加えたときの細胞骨格の振舞いや運動の変化を光学顕微鏡で観察することで、そのメカニズムを明らかにしようとしています。例えば、ゾウリムシの両端をピペットで吸引固定し人為的に一定周期で伸縮させると(図3)、やがて繊毛のメタクロナール波の発生周期は伸縮周期と等しくなります。これはメタクロナール波の伝播するメカニズムを細胞の表層の伸縮性が担っていることを示しています。

■科学的・社会的意義
私たちの目標は、生物の大きな特徴の一つである調和や規則性の成り立ちを細胞運動を題材に解明することです。生物だからこそできるこうした現象の秘密に少しでも迫りたいと考えています。私たちの研究によって細胞運動のメカニズムの巧妙さが少しでも明らかになれば、細胞運動を模した機械の開発など独創的な工学応用に発展するかもしれません。

■参考文献
1)Nakata, T., et al. (2016). The role of stress fibers in the shape determination mechanism of fish keratocytes. Biophys J 110: 481-492.
2)Narematsu, N., et al. (2015). Ciliary metachronal wave propagation on the compliant surface of Paramecium cells. Cytoskeleton 72: 633-646.

■よく使用する材料・機器
1)倒立顕微鏡システムTi-E(株式会社ニコン
2)共焦点ユニットCSU-X1(横河電機株式会社)
3)CCDカメラ iXon DU-897(アンドール・テクノロジーLtd)
4)光学部品(シグマ光機株式会社)


H28年度分野別専門員
山口大学大学院・創成科学研究科
岩楯好昭(いわだてよしあき)
http://biophysics.sci.yamaguchi-u.ac.jp/





 

「最小微生物、マイコプラズマの滑走運動」

■背景
ヒト肺炎の病原菌としても知られるマイコプラズマは、最も小さなゲノムと細胞で知られています。そのため一般的には、「マイコプラズマは栄養の豊富な培地で増殖することしかできない」と考えられています。ところが実際は、寄生のための数々の必殺技を編み出してきた強者です。マイコプラズマは、宿主の組織など固形物の表面にはりつき、はりついたままに滑るように動く“滑走運動”をします(図1、2)。運動性を持つバクテリアの多くは、“べん毛”という尻尾を回転させることで遊泳します。また、ヒト、植物、アメーバなどを含む真核生物は、筋肉と共通の仕組みで動きます。ところがマイコプラズマの滑走運動はそのどちらとも根本的に異なります。

■研究概要
日本生物物理学会では、このユニークな運動メカニズムに世界に先駆けて取り組み、最速種のマイコプラズマ・モービレについて以下を明らかにしました。すなわち、滑走装置(図3)の表面に約50ナノメートルほどの柔らかい“あし”が多数生えています。滑走装置内部でATPが加水分解されると動きが生じ、その動きが細胞膜を超えて“あし”に伝わります。“あし”は宿主表面の構造である、シアル酸オリゴ糖をつかんだり、ひっぱったり、離したりして、菌体を前に進めるのです。シアル酸オリゴ糖は、インフルエンザウイルスなどの標的としても知られています。さらに興味深いことに、最近、この装置でATPを加水分解しているタンパク質が、ほとんどの生物に存在してATPを合成している"F1-ATPase"から進化している可能性が示唆されました。

■科学的・社会的意義
これまでの生体運動分野では、ミオシンなどのモータータンパク質と、バクテリアべん毛モーターがよく調べられてきましたが、それ以外のものはあまり詳しく調べられて来ませんでした。本研究の様に、全く新しい生体運動メカニズムを理解することは、タンパク質の機能や、生物の生き残り戦略を理解するうえで重要です。また、滑走運動はマイコプラズマの寄生性に必須ですから、マイコプラズマ疾患の予防や治療にもつながります。

■参考文献
宮田真人 (2010)
病原細菌,マイコプラズマのユニークな滑走運動. 化学と生物, 48, 176-181.
http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/~miyata/dl/history/2010ChemBiol.pdf
宮田真人(2009)
マイコプラズマ滑走運動の装置とメカニズム. 顕微鏡, 44, 210-214.
http://www.microscopy.or.jp/magazine/44_3/pdf/44-3-210.pdf

■良く使用する材料・機器
1. 質量分析器 autoflex speed(ブルカー・ダルトニクス株式会社)
2. 電子顕微鏡 JEM1010(日本電子株式会社
3. 凍結割断装置 JFDV(日本電子株式会社
4. 光学顕微鏡 IX-83(オリンパス株式会社
5. EMCCDカメラ(アンドール・テクノロジーPLC)
6. クロマトグラフィーシステム AKTA pure(GEヘルスケア・ジャパン株式会社 ライフサイエンス統括本部)
7. 高速HPLCシステム 1200 Series(アジレント・テクノロジー株式会社 )
8. 表面プラズモン共鳴測定装置Biacore-X(GEヘルスケア・ジャパン株式会社 ライフサイエンス統括本部)

図1 私たちが構築しつつあるビデオアーカイブ。マイコプラズマの滑走運動や様々な生体運動が閲覧できる。“運動マシナリー”と“ビデオ”で検索のこと。

図2 マイコプラズマ・モービレの6秒間における運動軌跡。

図3 マイコプラズマ・モービレの模式図。矢印の方向へ滑走する。ピンク部分が滑走装置。

H26年度分野別専門委員
大阪市立大学大学院理学研究科
宮田真人 (みやたまこと)
http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/~miyata/index.html