核酸・タンパク質複合体

「ゲノムサイズのDNAの示す特異な性質:折り畳み転移」

■背景
ヒトの細胞核には48本のDNAが存在し、各々のDNA鎖は数cm、その全てをつなぎ合わせると全長は2mに及ぶ。塩基対をモノマーの単位とすると、60億(6・109)のモノマーから成り立っています(体細胞は2倍体なので、一つの細胞内でDNAが保持している情報は30億塩基対)。わずか数µmのサイズの空間(細胞核)にこのような長い高分子が存在し、生命の基本的情報を担っています。バクテリアでも、DNAは数mm程度と極めて長い。一方、これまでのDNA研究ではゲノムDNAを,全長が1mm以下のサイズにまで断片化してその構造や活性を調べることが専ら行われてきており、長いDNA分子が持っている性質については未だ不明な点が多く残されています。



図1: 長鎖DNA(16万5千塩基対、全長57mm)の折り畳み構造の多様性。 各々の図の左は透過電子顕微鏡像(スケール参照)、右は紐で作った「実空間モデル」。 a) ドーナツ、b)巨大ドーナツ、c)丸棒、d)円と棒の組み合わせ、e)糸巻。[ 図は以下の論文参照。a,b)Y.Yoshikawa, et al., Langmuir, 15, 4085(1999); c,d) K. Yoshikawa, et al., Chem.Phys.Lett., 354, 354(2002); e) Y. Yoshikawa, et al., FEBS Lett., 396, 71(1996). ]

■研究概要
図1に示したように、同一の長いDNA分子(16万5千塩基対、全長57mm)1分子から、多様な凝縮構造を創りだすことが可能であることが明らかになりつつあります。これらの構造を大別しますと、液体、結晶、ガラス(アモルファスと言っても良い)に相当する構造とっていることが分かります。



図2 定常期(stationary phase)にある大腸菌からゲノムDNAの光ピンセットで引き延ばしている様子: 蛍光顕微鏡像(▽は光トラップしている場所)と蛍光強度の疑似3次元像。全体の観測時間は13秒。(Shindo, et al., J. Biotech., 133, 172(2008)).

図2には、顕微鏡のステージ上で、大腸菌を溶菌させ、そこからでてきたゲノムDNAをレーザで引き延ばした実験例です。 ここでは、細胞分裂の停止した静止期(stationary phase)の大腸菌での実験例を示しています。実際の実験では、溶出したゲノムDNAの一部にレーザの焦点を固定しておき、試料溶液を載せたスライドガラスを矢印の方向に動かすことにより引き延ばしています。下段に行くにつれて凝縮したDNAが次第に引き延ばされている様子がわかると思います。明るい光の塊(DNAが硬く凝縮している状態)が分裂し、その塊の間には線状に引き延ばされたDNA鎖が観測されている。すなわち静止期において、大腸菌に存在するゲノムDNAには、硬く凝縮した部分と、引き延ばし可能な緩く凝縮した部分が存在していたことを、意味しています。一方、増殖期の大腸菌で同様の引き伸ばし実験をしてみると、ゲノムDNA全体が容易に解け、硬く凝縮した部位は見られません。静止期の大腸菌は、生存に必要な遺伝子群(house-keeping genes)のみを発現しており、その他の多くの遺伝子は完全なoff状態になっていると考えられますが、図2に示したような実験結果は、遺伝子群のon/off制御に、長鎖のゲノムDNAの部分相分離が直接関わっていることを示唆するものとなっています。

■科学的・社会的意義
ヒトの個々の細胞には、2万個を越える遺伝子があり、全長2m程度のDNA分子での塩基の配列としてそれらの情報がきざまれています。私たちの体は単一の受精卵から細胞分裂を繰り返し、細胞が分化するなかで、創りあげられてきていますが、その根本的なメカニズムは不明のままです。iPS細胞やES細胞を用いた再生医療が発展するためにも、細胞の多数の遺伝子群のon/offの制御機構を明らかにすることは基本的で不可欠の研究課題となっています。

■参考文献
1)"生物学は「発見の時代」から「生命の本質に迫る時代」へ"、吉川 研一著, Newton, 7 (2013).
2)"単一高分子の自己秩序形成", 吉川 研一著, 高分子学会, 63, 838 (2014).

■良く使用する材料・機器
1) 蛍光顕微鏡システム (株式会社ニコンインステックオリンパス株式会社、カールツァイス株式会社)
2) 高感度顕微鏡カメラ  (浜松ホトニクス株式会社)


H27年度分野別専門委員
同志社大学 吉川研一 (ヨシカワ ケンイチ)
http://dmpl.doshisha.ac.jp/