ペプチド

「カエルが生み出す抗菌ペプチドの不思議」

■背景
両生類のカエルは様々な微生物から身を守るため、自らの皮膚に抗菌ペプチドを生み出している(文献1)。そのようなペプチドは生体防御の観点から注目を集めており、どのような機構で働いているのか理解するために、これまでにマガイニンやPGLaと呼ばれるカエル由来の代表的な抗菌ペプチドの構造と機能を関係づける研究が行われてきました。ペプチドを構成するアミノ酸は左手と右手のように鏡像関係にあるが、天然にはL体と呼ばれるアミノ酸がほとんどであります。一方で、あるカエルの皮膚に存在するイソメラーゼと呼ばれる酵素によって、自ら生み出したペプチド中のある1つのアミノ酸がL体から天然にはほとんど見られないD体に変換されていることが報告されています(文献2)。このペプチドはボンビニンH4と呼ばれています。さらに驚くべきは、D体アミノ酸をもったボンビニンH4の抗菌活性が数倍強くなることである。数十個のアミノ酸が連なってできるペプチドの中で、たった1つのL体とD体の違いによって活性が大きく異なるのは大変不思議なことで、そこには精巧な仕組みが隠されていると推測されます。



図1 細胞膜上における抗菌ペプチドの構造解析とその応用




図2 ペプチド合成機による目的ペプチドの合成

■研究概要

我々は細胞膜に結合した抗菌ペプチドの構造を調べることによって、活性の違いを明らかにしようと考えています。構造を調べるツールとして我々が選択した固体NMR分光法は、たとえ細胞膜に結合した分子であっても、その構造解析に有効であります(文献3)。しかしながら、そのためには大量のペプチド試料を用意する必要があるため、有機合成の技術を使ってアミノ酸を結合することによって目的のペプチドを作っています(図2)。多くのアミノ酸が連結したペプチドを作るにはペプチド合成機が大変便利であり、加えて、NMR信号のモニタリングに必要な13Cや15Nといった安定同位体標識アミノ酸を自由に好きな残基に対して導入することができるため、目的のペプチド試料を調製することによって構造解析に関する研究を進めています。

■科学的・社会的意義

本研究は、非天然型のアミノ酸を有する抗菌ペプチドがどのようにして生体防御に役立っているか、そのメカニズムが理解できることが期待できますし、その情報を基に細菌への選択性や抗菌活性を高めるなどの機能を付与した新たな抗菌ペプチドをデザインすることができると期待されます。

■参考文献

1)茂里 康2014). "カエルに学ぶ抗菌力." 生物工学学会誌 12号: 679.
2)M. L. Mangoni. (2013). "A lesson from Bombinins H, mildly cationic diastereomeric antimicrobial peptides from Bombina skin." Current Protein Peptide Science 13: 734-743.
3)A. Naito, I. Kawamura, N. Javkhlantugs (2015) “Recent Solid-State NMR Studies of Membrane-Bound Peptides and Proteins.” Annu. Rep. NMR Spectroscopy 86 Chap. 5 333-411.

■良く使用する材料・機器

1) ペプチド合成機 (バイオタージ)
2) 固体NMR分光器 (ブルカーバイオスピン、日本電子)
3) 安定同位体標識試薬 (大陽日酸、SIサイエンス)
4) ペプチド合成試薬 (渡辺化学工業)
5) 高速液体クロマトグラフィー (島津製作所)
6) その他試薬 (和光純薬工業)


H27年度分野別専門委員
横浜国立大学・大学院工学研究院
川村 出 (かわむらいずる)
http://www.ikawamura.ynu.ac.jp





 

「小さいけれども強い味方、私達を守る抗菌ペプチド」

■背景
ペプチドとは、複数のアミノ酸がアミド結合により鎖状につながった分子の事です。アミノ酸が多数つながった分子を一般にはタンパク質と呼びますが、アミノ酸の個数がおおよそ50以下の小さな場合には、ペプチドと呼んでいます。例えば、たった2個のアミノ酸から出来ているペプチドの例として、人工甘味料として有名なアスパルテームがあります。ヒトの生体内でも様々なペプチドが重要な働きをしていることが知られており、脳内麻薬として働くエンケファリンは5個のアミノ酸、膵臓から分泌されて血糖を制御するホルモンとして働くインシュリンは51個のアミノ酸から成るペプチドです。
現在、幅広い活性を持つ様々なペプチドの研究が盛んにおこなわれていますが、私達はその中でも抗菌ペプチドと呼ばれるペプチドに注目して研究を進めています。抗菌ペプチドは、その名前の通り病原性微生物などを攻撃するペプチドで、私達ヒトもデフェンシンを始めとする様々な抗菌ペプチドを分泌して、病原性微生物の攻撃から身を守っています。


図1 抗菌ペプチドと代表的な生体防御タンパク質である抗体の分子の大きさの比較。抗体と比較すると抗菌ペプチドは圧倒的にアミノ酸残基数が少なく、分子量は小さい。



図2 遺伝子組換え大腸菌を培養し、抗菌ペプチドを合成させた例。「合成無」では大腸菌の増殖により培養液の吸光度が上昇して濁っているが、「合成有」では、大腸菌が自分自身で合成した抗菌ペプチドの抗菌活性により死ぬために、培養液が透明になっている。



図3 私達の新しい手法による抗菌ペプチドの合成。SDS-PAGEと呼ばれる方法で、大腸菌が合成したペプチドやタンパク質を分離、分析したもの。従来の方法と比較して、約5倍以上の高い効率で抗菌ペプチドを合成することに成功している。


■研究概要
生体防御を担う分子としては抗体が良く知られており、その研究が進んでいますが、抗体は巨大なタンパク質です。これに対して、抗菌ペプチドは小さいながらも微生物を認識して、選択的に殺す事ができます(図1)。
抗菌ペプチドがどのようにして、微生物を選択的に殺すのか?というメカニズムには未知の点も多く残されており、多くの研究者によってその研究が進められています。研究を進めるためには、まず抗菌ペプチドを大量に準備する必要があります。現在、人工的に大量のペプチドを準備するには、化学的に合成する方法の他に、遺伝子工学を使い微生物に合成させる方法が安価な方法として注目されています。ところが、抗菌ペプチドは微生物を殺す、という活性のために、遺伝子工学的に微生物に合成させることが困難とされてきました(図2)。そこで私達は、大腸菌が合成した抗菌ペプチドを菌体内で無害な不溶性顆粒(封入体)と呼ばれる粒子にする技術を用いて、従来の技術よりも高い効率で抗菌ペプチドを合成させることに成功しました(図3、文献1、2)。この方法を使うことで、NMR法という解析法へ応用可能な、窒素15や炭素13といった安定同位体を含んだ特殊なペプチドを低コストで合成する事にも成功しています。今後、NMR法を始めとする様々な生物物理学的研究手法を駆使して、その立体構造や相互作用の解析を進めることで、抗菌ペプチドの作用メカニズムの解明が期待されます。

■科学的・社会的意義
ヒトを始めとする生物が、病原性微生物からどのように身を守っているか、そのメカニズムを明らかにすることは、科学的にも大変興味深い研究であると同時に、医薬品の開発等にも直結する重要なテーマです。例えば、近年、医薬品として多用される抗生物質に対して耐性を有する病原性微生物の出現が問題となっているため、抗菌ペプチドの研究は、抗生物質とは異なるメカニズムで病原性微生物を殺すことができる新しい医薬品の開発へとつながるものとしても大きく期待されています。また、私達のグループでは、抗菌ペプチドが「微生物を認識する」という性質を利用して、病原性微生物の新しい検出技術の開発を行う等の様々な応用の研究も進めています(文献3)。

■参考文献
1)Tomisawa, S., et al. (2013). "Overexpression of an antimicrobial peptide derived from C. elegans using an aggregation-prone protein coexpression system." AMB Express 3, 45
2)相沢 智康 (2013). "共発現による封入体化発現法を用いた組換えペプチド生産" バイオインダストリー 30, 35-40
3)Yonekita, T., et al. (2013). "Development of a novel multiplex lateral flow assay using an antimicrobial peptide for the detection of Shiga toxin-producing Escherichia coli. " J. Microbiol. Methods, 93, 251-6

■良く使用する材料・機器
1)一般試薬 (和光純薬工業株式会社
2)安定同位体試薬 (大陽日酸株式会社
3)NMR装置 日本電子株式会社


H25年度分野別専門委員
北海道大学・先端生命科学
相沢 智康 (あいざわ ともやす)
http://altair.sci.hokudai.ac.jp/g5/