繊維状タンパク質

「タンパク質の“かたち”が変わると病気になる」

■背景
私たちの生命活動は、いろいろなタンパク質がそれぞれの機能を忠実に果たすことで維持されています。例えば、ヘモグロビンというタンパク質は酸素分子を体の隅々まで運搬する働きを持っていることは、皆さんもご存知でしょう。タンパク質は20種類のアミノ酸からなる高分子であると中学校や高校で習いますが、実は、タンパク質がその機能を果たすには、それぞれに決まった固有の“かたち”(立体構造といいます)をとる必要があります。裏を返せば、かたちが間違っていると、タンパク質はうまく働かなかったり、あるいは、他のタンパク質の働きを乱したりして、生命活動は脅かされます。特に、アルツハイマー病などに代表される神経変性疾患と呼ばれる神経難病では、あるタンパク質の立体構造が変わって「繊維」(生物・医療分野では「線」維と表記することが慣例です)のように寄り集まり、神経細胞を殺してしまうのではないかと提案されています。タンパク質が線維状になるメカニズムを明らかにできれば、神経変性疾患の治療や予防も夢ではないと、多くの研究者が考えています。


図1 神経変性疾患にみられるタンパク質線維(例:ハンチントン病)。(A) ハンチントン病モデルマウスの神経細胞。核内にHTTタンパク質の凝集体が観察される。(B) 試験管内で作製したHTTタンパク質の凝集体を透過型電子顕微鏡で観察したもの。線維が絡み合っている様子がよくわかる。(C) HTTタンパク質の線維化の模式図。


■研究概要
神経変性疾患はその症状(認知症状や運動失調など)に基づいて分類され、線維化するタンパク質の種類は疾患によって異なります。例えば、ハンチントン舞踏病は、ハンチンチン(HTT)と呼ばれるタンパク質にあるグルタミン繰り返し領域が異常に長くなることで引き起こされることが知られており、神経細胞の核内にHTTからなる線維が蓄積します(図1)。正常なHTTは様々な生理機能を持つとされており、実際、HTT遺伝子を破壊したマウスは胎児の段階で死んでしまいます。ただ、神経細胞には微量のHTTしか存在しないので、それらの構造や物性を調べようとしても、単離することが非常に困難です。そこで、遺伝子組換え技術を応用して大腸菌にヒトのHTTタンパク質を大量に発現させて精製します。そのようにして得たHTTは徐々に不溶性の沈殿となり、その沈殿を透過型電子顕微鏡で観察すると、およそ10 nmの幅を有した線維状の形態であることが分かりました(図1)1)。さらに、HTTのグルタミン繰り返し領域がβ-シートと呼ばれる構造に変化することで線維になることも物理化学的な手法により明らかとなっています。しかし、なぜタンパク質(HTTなど)の構造が突如に変化して線維状に凝集するのか、タンパク質が線維化するから神経細胞が死ぬのか、あるいは、神経細胞が死にそうだからタンパク質が線維構造に変化するのか、などの本質的な問題が実は未解明のままです。HTTに限らず、様々なタンパク質の線維化プロセスを試験管内で再現することで、その制御メカニズムや毒性発現のメカニズムの解明が進められています2)

■科学的・社会的意義
超高齢化社会を迎えた現在、年齢とともに発症確率が急増する神経変性疾患に対して、その予防・治療法の早急な開発が求められています。タンパク質の線維化プロセスを試験管内でうまく再現し、その制御メカニズムを原子・分子レベルで理解することで、線維化を阻止して疾患の発症を抑える手法や薬の開発に応用することができます。

■参考文献
1)古川 良明(2010)”タンパク質線維の構造伝播が制御する神経変性疾患の発症メカニズム” 生物物理 50: 242-243.
2)古川 良明(2009)”翻訳後修飾が制御するSOD1蛋白質の活性化と凝集のメカニズム” 生物物理 49: 90-91.

■良く使用する材料・機器
1) 実験試薬 (和光純薬工業株式会社
2) 電気泳動装置 (アトー株式会社)
3) 透過型電子顕微鏡 (日本電子株式会社


H25年度分野別専門委員
慶應義塾大学理工学部・生命機構化学
古川良明 (ふるかわよしあき)
http://www.chem.keio.ac.jp/~furukawa/index.html