リポソーム

「細胞のエッセンスから「細胞もどき」を作る」

■背景
生物は,ひとつひとつは唯一無二の存在で,多種多様に生活しています。単細胞生物に至っては,地球上ほぼ全域(上空の成層圏,地殻の中,深海等)で生活しているのでは,と言われています。このことを不思議に思いませんか?
生命現象も例外ではなく,こういった,自然現象の普遍的な法則を実験で明らかにしたい時は,単純化したモデルを創ることが近道です。かつてアイザック・ニュートンは,太陽光をプリズムで虹色に分けた後,それらを重ね合わせて光を“作る”実験を行って『光学』を著し,光のサイエンスの礎を築きました。近年,細胞のエッセンスから単純化した有機物のモデル―「細胞もどき」―を作り,これまでの生命科学の知見をさらに深めようというサイエンスの流れがおきています。あなたも細胞もどきを作ってみませんか?



図1 (A)細胞もどきの容器となるリポソームの模式図。細胞由来のリン脂質は水中で水になじまない部位を向きあわせて膜になり,その膜がカプセル状になる。(B)リン脂質がすでに張り合わされた膜に水を包み込む従来のリポソーム作製法の模式図と顕微鏡写真。 (C)本研究で確立した作製法と顕微鏡写真。油の中に懸濁された水滴の面にリン脂質の膜をつくり,その膜にもう一枚のリン脂質の膜をはりつけるように水滴を包みこむことでリポソームを作製する。(D)人工の有機分子を水中に溶かして数時間後に発生してきたリポソーム様カプセルの顕微鏡写真。


■研究概要
リポソームとは,細胞を構成する有機物のうち,細胞膜や生体膜の構成成分であるリン脂質を使って水中で作ることのできるカプセルをいいます(図1A)。リポソームの切断面をみると,膜厚が数nm(1 mmの百万分の一が1 nm)と,細胞膜や生体膜の膜厚とほぼ同じで,サイズも細胞と同じ程度(1 mmの千分の一~百分の一程度)であり,これは細胞もどきを作るにはもってこいのカプセルです。日本は世界に先駆けて,リポソームの変形に注目した研究を展開しています。中でも名古屋大学の宝谷紘一教授(現名誉教授)のグループは,リポソームに細胞骨格のタンパク質を閉じ込めただけの細胞もどきが,細胞のもつ多様な形状へ成長することを実験的に明らかにしました(文献1)。しかし,これまでの方法でリポソームに細胞由来の分子や物質を封じ込めようようとすると,膜が極端に薄く弱いために,細胞内と同じ程度の高い密度で封じ込めることができませんでした。そこで私の研究グループでは,リポソームに封じ込めたい溶液や分散液を油に懸濁して水滴とし,遠心力を用いてこの水滴をリン脂質の膜で包み込むようにしてリポソームを作る方法の研究を行っています(図1B,C,文献2, 3)。現在この方法を用いて,細胞変形や細胞運動,細胞分裂という細胞の基本的な性質をもつ細胞もどきを作る研究を,国内の研究グループと共同で進めています。
また,リン脂質の複雑な分子構造の特徴をとらえてデザインした,単純な有機物を人工的に合成し,水に溶かしたところ,それが水中で反応するに伴ってリポソーム様のカプセルが勝手に生まれ,変形するという「細胞もどきの大量発生現象」を発見しました(図1D,文献4)。この成果により,細胞由来のリン脂質ではない単純な有機物でも細胞もどきを形成でき,自ら変形することがわかり,細胞もどきを作る研究の幅を広げることができました。

■科学的・社会的意義
私たちの研究は,究極的には,細胞が生きている状態とはどういうことか?という疑問に対して,構成成分がほぼ全てわかっている有機質から作られた細胞もどきを用いて物理・化学の法則から答えようとするものです。そもそも細胞を物質から作ることは極めて困難ですが,この研究は,過去に物質だけで満ちていた地球上で,われわれの祖先である原始細胞が一体どのように誕生してきたのか,という細胞起源の問題にまで迫るものと期待されます。また,リン脂質やタンパク質以外の有機物で作られた細胞もどきは,地球上の細胞だけでなく,宇宙における地球外細胞の可能性にも示唆を与えるものでしょう。細胞に対する壮大かつ基本的な疑問にアプローチする研究は,将来の生命科学の教科書を変えるかもしれませんね。

■参考文献
1)宝谷 紘一,神谷 律,細胞のかたちと運動(シリーズ・ニューバイオフィジックスII 5),共立出版,2000.
2)K. Nishimura, T. Toyota, et al. (2012). "Size Control of Giant Unilamellar Vesicles Prepared from Inverted Emulsion Droplets", Journal of Colloid and Interface Science 376: 119-125.
3)Y. Natsume, T. Toyota (2013). "Giant Vesicles Containing Microspheres with High Volume Fraction Prepared by Water-in-Oil Emulsion Centrifugation ", Chemistry Letters 42: 295-297.
4)T. Toyota, et al. (2006). "Hierarchical Dynamics in Morphological Evolution from Micelles to Giant Vesicles Induced by Hydrolysis of an Amphiphile", ChemPhysChem 7: 1425-1427.

■良く使用する材料・機器
1) 倒立型微分干渉/蛍光顕微鏡システム IX71 (オリンパス株式会社
2) リン脂質 (和光純薬株式会社


H25年度分野別専門委員
東京大学・大学院総合文化研究科広域科学専攻・相関基礎科学系
豊田 太郎 (とよた たろう)
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/toyota_lab/